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「黄門」とは...

「黄門」とは...
中納言の唐名。元来は中国古代の宮廷の門の扉が黄色に塗ってあったことから、王宮の門の異称であったが、秦・漢代には、この門の中にあって執務した侍従職の官職名として「黄門侍郎」の名があった。
日本で中納言の異称とするのは、その職務内容が類似するためである。


「水戸黄門」は7人いた!!
徳川光圀公を「黄門様」の愛称でよぶのは、光圀公が権中納言で「水戸黄門」と称されたことによる。

水戸藩には権中納言に叙された歴代藩主が7名居り、従って「水戸黄門」と呼べるのは、光圀公を含めて7人ということになる。