HOME >水戸光圀公と斉昭公 >助さん格さんは実在の人物

助さん格さんは実在の人物


"助さん" "格さん"と言えば



助さん 格さん と言えば、ご隠居 御老公の親衛隊の印象が、強いかも知れませんが・・・以外な・・・人物!!



「助さん・格さんは実在の人物」のコーナー・・!!へようこそ。


"助さん" "格さん"は

  • 助さん・格さん、は水戸黄門徳川光圀公が彰考舘で
    大日本史を編集されたとき仕えた史臣(歴史編纂をした人々)
    のなかで総裁になった方々です。

  • 史臣たちは全国各地に史料を求めて旅をしましたが、
    これが後に「水戸黄門漫遊記」として脚色されることになります。

  • 助さんは、佐々十竹(ささじゅちく)(介三郎宗淳)(1640~1698)、

  • 格さんは、安積澹泊(あさかたんぱく・覚兵衛)(1656~1737)のことであります。

  • 特に、佐々介三郎は光圀公の命により
    神戸・湊川に長期間滞在して『嗚呼忠臣楠子之墓』を建て後世に大きな影響を与えました。
    史臣は多いときには60名近くもいました。

           
  • 史臣が調査に行った主なところ    

*この貞享2年のときは、4月26日から冬まで55ヵ国を巡る、最大規模の調査だった。
(水戸市史・中巻1による)
年代 調査地 史臣
延宝4年(1676) 京都 板垣宗憺
延宝6年(1678) 京都 佐々宗淳 板垣宗憺
延宝7年(1679)~8年 京都、吉野 板垣宗憺 鵜飼錬斎
延宝8年(1680) 河内 奈良 高野山 熊野 吉野 佐々宗淳 鵜飼錬斎
天和元年(1681) 奈良 京都 佐々宗淳 鵜飼錬斎 吉弘元常 内藤貞顕 秋山久積
貞享2年*(1685) 九州 中国 北陸の一部 佐々宗淳 丸山活堂 今井魯斎 秋山久積 藤川正通
貞享2年(1685) 京都 鵜飼錬斎
貞享3年(1686) 河内 和泉 鵜飼錬斎
貞享4年(1687) 伊勢 京都 鵜飼錬斎
元禄2年(1689) 京都 奈良 大串元善 安藤年山
元禄4年(1691) 東北 丸山活堂
元禄5年(1692) 河内 奈良 京都 佐々宗淳
         

  • もっと詳しい事を、お知りになりたい方は、下の項目(・・・へ)をクリックして下さいネ!!

  • 助さん・格さん関連事項 について ========>蔵~資料館~へ
      (大日本史の編纂)

  • 大日本史について ========>大日本史完成の地へ

  • 『義公修史の開いた道』 ========>水戸学講座(講録バックナンバー)へ