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【総題】「水戸先哲の不朽の名文」について

            水戸史学会会長  名 越 時 正

 水戸史学会の会長をしております名越でございます。今年も常磐神社に共催としてご奉仕させて頂くこととなりました。これから第十二回水戸学講座を開くことになりましたが、今回の水戸学講座の総題は「水戸先哲の不朽の名文」といたしました。そこでその名文ということについてお話ししたいと思います。これは漢文でありまして、今日本では殆ど使われませんが、昔中国では、この文というものを非常に大事にしまして、その文体をいろいろの種類に分けております。しかもその種類は、初め、梁の時『文選』という文集を作りましたが、これには三十九の種類に分けております。ところが段々それが増えまして、『文体名弁』これは明の時代に造られた本ですが、文章の種類を百五十に分けて、それぞれをさらに細かく分けております。そういうふうに段々文体が研究されて様々に使われるというふうになってきました。
 今現在日本では、書簡をはじめ、官庁の通牒、通達、或いは表彰状、感謝状、墓碑等は、和文・日本文で作っていますが、昔は、正式の場合はほとんど漢文で書かれました。我々が日本の心を勉強するに当たって非常に役に立つ、先人の心をはっきり知ることが出来ますのは、優れた先哲の書かれた文です。
 その文体はどの様なものがありますかといいますと、たとえば義公の『常山文集』というものを見ますと、一番先に「書」が出てまいります。次は「表」、これは「上表」とも言いまして、上に奉る、朝廷に奉る文章ということです。それから「啓」、これは申し上げると言う意味で、これがその次にあります。その次が「尺牘」これは今で言う手紙、書簡であります。その他「素」というのがありまして、これは箇条書きにした文章をいいます。或いは「節」、「序」、「題跋」、その他ほめる言葉、これを「頌」、それから絵等の上のほうに漢文で書く文、これを「賛」、その他「銘」、「記」、「誄」(しのびごと)、これは目上の人に対する弔辞です。或いは有名な「梅里先生の碑陰並びに銘」がありますように、碑の裏の銘、祭文などが『常山文集』にある分け方です。江戸時代に一番多いのは「書」です。これは「誰々に与うるの書」というのが非常に多くあります。それから「序」、これが多いのです。これは序文とは限りませんで、例えばある人が何処かへ旅行するときに、先生を訪ねて、どうか何か心得として一文を与えて下さい、という習慣があったのです。例えば宇都宮出身である大橋訥菴という先生の『肝付毅卿を送るの序』この序を見ますと、最初からその問題を取り上げています。今の学者は、日本国内を旅行するに当たって、必ず先生に何か書を書いてもらう、こういうことが流行になっている、それは何の為かというと、本来は心得とする教えを望むのだろうけれども、実際は、自分は誰々先生からこういう文章をかいてもらったと見せびらかして自慢する、それだけに過ぎない。一体それは何の役に立つのだ、と、この文章の中で頭から叱りつけているのです。ところがこの肝付毅卿という人を見ると、この人は旅行するに当たっても、困難を経験して来たようです。非常に困難に逢って自分の心と体を鍛えようという気持ちでした。それで序をたのんで来たというのです。これなら考え様によっては意味がある。それでは書こう、と言って書いているのですが、まず第一に、政治というものは心に基づく物である、政策ではない、心に基づくのが政治である、その心が正しくなければ政治も正しくない。あなたは天下を旅行するに当たって先ず心を正す、それから考えなさい。心を正すにはどうしたら良いか。それは先ず言葉を正す。もっと言えば性質を建て直す。性質だからと言って放っておくのは一番良くない。この気質、性質を叩き直すことが心を正す基だ、というようなことを教えておるのです。肝付毅卿という人はそれを大事にして、それに従って各地を歩いて薩摩へ帰ったと思います。このように江戸時代では送序、このようなのは読むと非常に役に立ちます。
 水戸でも東湖先生が、桑原毅卿という人が京都に行くに当たって、一文を頼まれて書いた文章があります。それによりますと、今正しい学問が日本にあるのは京都と水戸だ、京都に正しい学問が残っているのは当然であるが、一体どうして東の端の水戸に正しい学問が興ったか。この由来を書いておられるのです。又その中には京都の人達と水戸の人達の気質、性質の善し悪し、長所短所、これを比較して、それぞれに長短がある、京都に行ったらその長所を学んで、そして水戸へ持って帰ってくれ、というような文章がありました。これも非常に大事な文章です。全国では真木和泉守、水戸で学んで久留米で神官をされ、最後は天王山で切腹された志士です。この人の最高の文章は『楠子論』という大楠公について書いた文章です。これは他に類の無い名文です。不朽の教えです。それから吉田松陰先生、この方も水戸で学んで長州に帰られ、獄に投ぜられて幽閉されますが、その時に作られた『松下村塾記』、これは文書の中の「記」に当たりますが、これがまた立派なものなのです。それは水戸の『弘道館記』と匹敵する大事な文章です。日本にはそういう文章が沢山残っております。特に多いのが水戸だと思います。私どもはこういう文章を遠い昔の過去の事として読むのではなくて、又知識として読むのではなくて、自分の心の問題として読みますと、現代の自分の心の持ち方を教えられます。そういうふうに先哲の遺文を勉強するということは、私どもの心を養い、心を正す。そして天下を考え、国家を考える上で非常に大事なことだと思いますので、どうか今回も皆様にご聴講願いまして、ご一緒に切磋したいと思います。どうか宜しくお願い致します。ありがとうございました。