HOME >水戸のご案内 >西山荘

西山荘


秋の西山荘

    西山荘 水戸駅からバス又はJR水郡線常陸太田行き

    JR太田駅からバス5分、駐車場あり、大型バスも可

  • 常陸太田市新宿町590に所在する水戸黄門徳川光圀公の晩年、
    約10年間の隠居所である。


  • 光圀公は元禄3年(1690)10月、63歳の時に、
    兄頼重の子綱條(つなえだ)に家督を譲り、翌4年5月9日に西山荘に隠居されました。

  • 太田の西山(にしやま)に建てられたので西山荘と名付けられた。

  • この地を隠居の地と決められたのは次のような理由からだと考えられる。

  • 光圀公が18歳のとき『史記』の伯夷伝を読んで反省・立志をして以来、
    慕い続けられた伯夷・叔斉の最後の地、首陽山の別名である西山と同じ地名であること。


  • 両親の墓所瑞竜山や母久子の菩提寺久昌寺に近かったこと。

  • 秋田への国替えとなった佐竹氏の残留遺臣や旧領民たちに対する撫育の意味もあったことなど。


  • 当時の建物は文化14年(1817)に焼失し、現在のものは文政2年に再建されたもので、
    規模は建設面積で三分の一程度に縮小されているが、庭園を含めて『桃源遺事』
    (光圀公没直後に編纂)などに記された光圀公当時の趣やたたずまいを良く伝えている。