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水戸から見た関連年表#7

慶喜公26歳文久2年(1862)
文久2年
 月  日  記  事
 1 15 老中安藤信行、坂下門外に於て、元水戸藩士平山平介、同黒沢五郎、同高畑総次郎、同小田彦三郎、下野人河野顕三、越後人川本杜太郎の襲撃を受けて傷つく、信行の従士、防戦し、兵介ら悉くこれに死す。
元水戸藩士川辺左次衛門、老中安藤信行要撃の機におくれ、江戸桜田長州邸に投じて切腹す。
 3  3 浪士広木松之介(元水戸藩士)、鎌倉上行寺に於て自刃す。
29 浪士伊牟田尚平、書を水戸藩士住谷寅之介らに寄せて、西国志士奮起の状を告げ、呼応して兵を挙げんことを促す。
 4  4 幕府、水戸藩士落合庸之助を永牢に処す。
 5 水戸藩、幕府の命により、元藩士関鉄之介を江戸に檻送す。
23 薩摩藩主島津久光、藩士をして挙兵計画中の同藩士有馬新七らを、伏見寺田屋に斬る。
25 幕府、徳川慶喜の面会・文通を許す。
 5  3 浪士後藤哲之介(元水戸藩郷士)自ら詐って桜田事変関係者広木松之介と称す、幕吏、これを新潟に捕らえ、この日、江戸に檻送す。
 7 徳川慶篤始めて登城す。
 9 幕府使節竹内保徳、英外相ラッセルとの間にロンドン覚書を調印す。
11 幕府、元水戸藩士関鉄之介を斬に処す。
 6  1 水戸藩主徳川慶篤、城代以下諸番頭等を戒め、武技を錬磨し、非常に備えしむ。
10 大原重徳江戸城に臨み、徳川慶喜公など登用の勅諚を伝宣す。
16 水戸藩士野村彜之介、同原任蔵、書を前越前藩主松平慶永に上りて、戊午以来の藩情を訴う。
この月 水戸藩士豊田天功ら、書を勅使大原重徳に致して、幕政改革、国威伸張の方策を献じ、併せて藩状を訴え奉公の志しあるを述ぶ。
 7  6 長州藩、尊攘運動の藩論決定す。
幕府、徳川慶喜に一橋家再相続を命じ将軍後見職に任ず。
 9 幕府、松平慶永を政事総裁職に任ず。
22 幕府、諸大名参勤交代の制を改めその妻子の帰国をゆるす。
 8  2 議奏中山忠能、同正親町三条実愛、同野宮定功、武家伝送坊城俊克、長州藩世子毛利定広を学習院に召見して、東下国事周旋の勅命を伝え、かつ戊午以来官武間の処分せられし者、或は幽閉せられし者らの特赦、殉難者の改葬等に関し、叡旨を幕府に諭示せしむ。
 9 幕府、斉昭公の三周忌辰に当たり、特に側衆新見正興を太田瑞龍山に差遣し、将軍名代として焼香せしむ、また同藩士の戊午以降罪を得たる者を赦免す。
21 薩摩藩士、島津久光の行列を犯した理由で、武蔵国生麦に英人を斬る。
閏8  1 幕府、会津藩主松平容保を初代京都守護職に任命す。
 3 幕府、社寺奉行牧野貞明(笠間藩主)らを政事改革用掛となす。
 5 将軍徳川家茂、老中水野忠精を水戸藩邸に遣わして、故斉昭公に従二位権大納言追贈の勅旨を伝達し、かつ藩主慶篤に諭して、聖旨を体し、父の遺志を継ぎ、盡忠報効を期せしむ。
14 元水戸藩士池田為吉、江戸伝馬町獄に死す。
22 幕府、参勤交代制を緩和す。
この月 水戸藩領小野矢指村の製塩に、石炭を燃料として初めて使用す。
 9  2 水戸藩主徳川慶篤、諭書を藩内に下して、勤倹力行、武備充実を期せしむ。
 9 将軍徳川家茂、三家以下諸侯を召見し、将軍後見職徳川慶喜、尾張藩主徳川茂徳に上洛の随行を田安家主徳川慶頼及び水戸藩主徳川慶篤、紀伊藩主徳川茂承に各留守を命ず。
11 幕府最初の海外留学生、内田正雄、榎本武揚、赤松則良ら11人、長崎よりオランダに向かう。
30 徳川慶喜、營中において開国説を主張し、松平慶永の破約攘夷説を退く。
10  2 米国商船シウェリー、常陸国鹿島浦に漂着し、乗員2名上陸す、ついで、幕府、吏員を派して乗員の救護及び破船の処置をなさしむ。
16 水戸藩、藩士林忠左衛門、同根本信平、同吉成恒次郎、同野村彜之介、同竹内百太郎、同太宰清衛門ら27人を藩地に送還せんとす、
この日、将軍後見職徳川慶喜、その極刑に処せられんことを慮り、特に書を藩主徳川慶篤に寄せ、これが中止を勧告す。
22 徳川慶喜、幕府に攘夷決行の定見なきを以て後見職を辞せんことを請う。26日辞意を翻して登城す。
この月 浪士清川八郎、相馬中村を経て仙台に入り、仙台藩士桜田良佐らと時事を議し、再び水戸に至り、同志と会す。
11  1 徳川慶喜、中納言に任ぜらる。
15 徳川慶喜、再び後見職を辞せんと請う。
26日より登城す。
18 鳥取藩主池田慶徳、水戸藩主徳川慶篤を訪い、関白近衛忠熙の書を伝達して、藩政の刷新を促す。
22 水戸藩主徳川慶篤、元執政岡田徳至、同志と大場景淑、同武田耕雲斎らを執政に復し、執政白井人胤、同太田誠左衛門を退け、隠居・謹慎を命ず。
25 幕府、水戸藩主徳川慶篤に命じ、江戸駒込邸に拘囚中の林忠左衛門ら20余人を放免せしむ。
27 三条実美等江戸城に臨み、攘夷決行の勅諚を伝宣す。
28 幕府、朝旨を奉じて大赦の令を布き、故水戸藩士安島帯刀、同鵜飼吉左衛門父子、同茅根伊予之介、故長州藩士吉田松陰らの建碑を許し、更に、諸藩に令して国事に殉ぜし者及び刑に服する者を録上せしむ、また元水戸藩士鮎沢伊太郎ら数十人、逐次釈放せらる。
12  8 朝廷、内旨を水戸藩主徳川慶篤に下し、家老武田耕雲斎らをして正義の徒を率い、将軍に従いて入朝せしむ。
 9 朝廷、国事御用掛を設置す。
11 幕府、水戸藩家老武田耕雲斎に命じて、将軍後見職徳川慶喜の上阪に随従せしむ。
水戸藩家老大場景淑、同武田耕雲斎らとはかり、時勢の変化を機に、将軍後見職徳川慶喜の旨を請い、さきに同藩に賜りし密勅を初めて藩主徳川慶篤に奉呈す。
14 幕府、水戸藩家老大場景淑に滞府を命じ、同武田耕雲斎の上阪を猶予せしむ。
15 幕府、水戸藩主徳川慶篤に賜りし戊午8月の勅書を公表し、あらためて慶篤をしてこれを奉承せしむ。
徳川慶喜、江戸を発して陸路上京す。
18 将軍徳川家茂、朝旨により、水戸藩主徳川慶篤の江戸留守をやめ、先発上京を命ず。
19 幕府、浪士取扱松平主税助に命じ、盡忠報国の士を選らばしめ、主税助、元水戸藩士堀江芳之助、庄内人清川八郎らを録上す。
24 水戸藩家老武田耕雲斎、江戸を発して西上す。
佐伯藩、水戸藩士鮎沢伊太夫を江戸に送還す。
26 水戸藩主徳川慶篤、戊午8月の勅書奉承を藩中に布告し、密勅降下事件に関係して処罰されし藩士を赦免す。
この年 水戸藩士豊田天功著『論語時習録』成る。
斉昭公の歌集『明倫歌集』を刊行す。