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水戸から見た関連年表#6

慶喜公25歳文久元年(1861)
文久元年
 月  日  記  事
 1 この月 水戸藩浪士と称し、攘夷の軍資金800余両を下総国佐原村に奪う者あり。
 2  1 幕府、関八州に対し、暴徒、浮浪の徒鎮圧を命ず。
 3 露艦ポサドニック、海軍根拠地を求めて対馬に来航す。
 7 幕府、諸藩に命じて水戸藩内に集まれる浪士の府内に入ることに備えしめ、不審の徒を逮捕せしむ。
 9 水戸藩主徳川慶篤、直書を家老に下し、領内の鎮撫を命ず、藩庁、すなわち目付、郡奉行らに令して、不法の徒の藩外脱出を防ぎ、その逮捕に努めしむ。
13 幕府、浪士岡部三十郎を岡藩に預く。 佐倉藩、関東取締出役の請に依り、兵を出して常陸国潮来屯集の浮浪に備う。
24 水戸藩領内玉造、小川、潮来等に集まれる士民ら、漸く幕府の説諭に服して鎮静せんとす、
この日、藩士大津彦五郎ら9人、前後自訴す。
この月 幕府、江戸の諸物価暴騰につき、小禄旗本に拝借金を許し、窮民に救米を支給す。
浮浪の徒、常、野、総に出没して金穀を奪う。
水戸藩士住谷悌之介、同中島久蔵、堺に捕らわる。
 4  1 水戸藩主徳川慶篤登営す、老中久世広周ら、同藩壮士の処分ゆるやかに失するを難じ、厳に鎮圧を加えんことを求む。
15 幕府、諸藩に令して、水戸藩士は印鑑を携える者に限り、領内を通行せしむ。
25 幕府、浪士住谷悌之介、同中島久蔵を審問し、揚屋入りを命ず。
 5  3 幕府、浪士住谷悌之介、同中島久蔵を評定所に糾問し、同岡部三十郎と対決せしむ。
23 幕府、松前藩に令し、水戸藩亡命の柴田市之助、鈴木秀太郎らを追補せしむ。
28 元水戸藩士有賀半弥、同岡見留次郎、同前木新八郎、同森半蔵、同榊鉞三郎、同黒沢五郎、同木村幸之介、同石井金四郎、同古川主馬之介、同山崎信之介、同中村貞介、同小堀寅吉ら、夜半、江戸高輪東禅寺の英国仮公使館に同国特派全権公使オールコックらを襲い、書記官オリファント、長崎駐在領事モリソンを傷つく、警備の幕兵及び郡山、西尾両藩兵、これと戦い、主馬之介、幸之介、寅吉死し、鉞三郎、傷つきて捕らえらる、
翌日、金四郎、貞介、信之介、品川酒楼に自刃す、金四郎は、果たさずして捕らえらる。
30 幕府、浪士榊鉞三郎を交代寄合生駒親敬に預く。
英国特派全権公使オールコック、東禅寺事変を幕府に詳報し、その警護の緩慢なるを難じ、本国水兵を以て警備せしめん事を告げ、かつその善後策を要求す、
ついで6月5日、幕府、これに弁明し、水兵の上陸警護を止めん事を求む。
 6  1 幕府、令して水戸藩逮亡者の検察を厳にせしむ。
水戸藩主徳川慶篤、諭書を在藩重臣に下し、東禅寺事変に関する浮説を信じ、藩士民の猥に出境するを抑制せしむ。
 2 幕府、浪士石井金四郎を交代寄合山名義済に御預となす。
 3 幕府、浪士榊鉞三郎を糾問す。
 7 幕府、水戸藩主徳川慶篤に登営を命じ、藩治の監督を促し、興津所左衛門を挙げて家老たらしむ、翌日、慶篤、家老白井久胤、同興津蔵人、同尾崎豊後、若年寄飯田総蔵、側用人横山甚左衛門を招き、その怠慢を責む。
14 幕府、水戸藩主徳川慶篤に登営を命じ、朋党浮浪の藩士民逮捕の事を厳達す。
幕府、令して東禅寺襲撃の浪士有賀半弥、同岡見留次郎、同前木新八郎、同森半蔵、同渡辺剛蔵、同黒沢五郎らを追補せしむ。
15 元水戸藩士細谷六右衛門と称する者、江戸薩摩藩邸に投ぜんとして阻まれ、自刃す。
16 水戸藩主徳川慶篤、直書を重臣及び家士に下し、有司移動の趣旨を諭し、恭順静謐を旨とせしむ。
19 幕府、大船の建造、外国商船の購入を解禁す。
21 幕府、尾張藩主徳川茂徳、紀伊藩主徳川茂承及び溜詰諸侯に登営を命じ、水戸藩士民鎮撫等の事をはかる。
24 水戸藩、家老杉浦羔次郎、同肥田大介をやめて逼塞に処し、元家老岡田徳至、同大場景淑、同武田正生の政務参与を免じて景淑、正生に謹慎を命じ、同太田誠左衛門、同鳥居瀬兵衛を家老に復す。
29 水戸藩士落合慵之助、老中松平信義を登営の途にまちぶせして捕らえらる、
ついで7月1日、幕府、これを今治藩に預く。
 7  5 薩摩藩、さきに(万延元年8月27日)同藩邸に投じたる元水戸藩士林忠左衛門ら37人及び後に来れる1人を水戸藩に還付す。
11 幕府、品川御殿山に各国公使館設置を決す。
12 浪士清川八郎、処士安積五郎、筑波山、宇都宮、会津、新潟を経て、信濃飯山を過ぐ。
18 元水戸藩士大貫多助、獄中に死す。
19 幕府元水戸藩士大関和七郎、同蓮田市五郎、同森山繁之介、同杉山弥一郎、同金子孫二郎、同岡部三十郎、同森五六郎、同佐藤鉄三郎らを評定所に糾問す。
20 浪士清川八郎、処士安積五郎、飯山より上野草津、高崎を経て江戸に入る、検察厳なるを以て、その夜逃亡す。
25 浪士清川八郎、処士安積五郎、水戸城下に入る。
26 幕府、桜田事変の獄を断じ、浪士大関和七郎、同蓮田市五郎、同森山繁之介、杉山弥一郎、同森五六郎、同岡部三十郎、同金子孫二郎を死罪に、同佐藤鉄三郎を中追放に処し、本庄藩に預く、
ついで28日同佐野竹之介、同斎藤監物、同山口辰之介、同鯉淵要人、同広岡子之次郎、同稲田重蔵、同黒沢忠三郎及び同有村治左衛門の塩漬け死体を捨つ。
 8  3 長州藩直目付長井雅楽、同手元役周布政之助、水戸藩側用人美濃部又五郎と会見して時事を談ず。
 8 浪士清川八郎、処士安積五郎、水戸より平潟、相馬を経て仙台に入り、ひそかに仙台藩士桜田敬佐、同戸津宗之進と会す。
 9 水戸藩、令して東禅寺事変の残党及び浮浪の徒を逮捕せしむ。
16 長州藩士久坂玄瑞、書を同入江九一に寄せ、親子内親王降嫁を慨し、水戸、薩摩二藩士のたのむに足らざるを述べ、藩主の参勤阻止に力を致すべきを告ぐ。
17 浪士清川八郎、再び仙台に入る、翌日、処士安積五郎また同じ、
ついで、同伊牟田尚平の水戸より来るに会す、後、尚平、水戸に向かい、八郎ら、北に潜む。
26 元水戸藩士前木新八郎、同森半蔵、水戸藩吏に追跡せられ、常陸国木郷村に自刃し、新八郎は即死し、半蔵は果たさずして捕らわれ、翌日死す。
この月 社寺奉行青山幸哉ら、桜田事変連累の浪士内藤文七郎、同島男也、同住谷悌之介、同中島久蔵らを五手掛に附せず、町奉行をして審理せしめんことを請う、幕府、これを許す。
10 23 浪士関鉄之介、越後国湯沢に於て水戸藩捕吏に捕らえらる、
ついで11月7日同藩、これを水戸赤沼の獄につなぐ。
この月 浪士木村幸之介、水戸藩領内馬頭村に於て捕らえらる。
11  5 元笠間藩士島男也、元水戸藩士住谷悌之介、江戸伝馬町の獄に病死す。
この月 水戸藩士野村彜之介、同下野隼次郎、同住谷寅之介、同平山兵介、宇都宮人児島強介ら、ひそかに老中安藤信行要撃の計を策す。
12 23 福沢諭吉、箕作秋坪、寺島宗則(翻訳方)福地桜痴(通弁)ら、遣欧使節に随行して品川を出帆し、のち文久2年12月10日帰国す。
25 幕府、元水戸藩士榊鉞三郎、同石井金四郎、同千葉昇平を斬に処す。
この月 水戸藩士下野隼次郎、宇都宮藩士大橋順蔵、同菊池介之介ら、相謀りて来春老中安藤信行を要撃するの策を決す、水戸藩士岩間金平、同西丸帯刀またこれに応じ、書を長州藩士桂小五郎に出して成破盟約の実行を促す。