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水戸から見た関連年表#4

慶喜公23歳安政6年(1859) 
 年   月  日  記  事
安政6年  1 17 水戸藩、藩士の動揺を戒む。
水戸藩士住谷寅之介、同大胡聿蔵、関西地方を遊説し、水戸に帰る。水戸藩士関鉄之介、同矢野長九郎、萩より東上の途、姫路より再び鳥取に引き返し、15日、因幡国に至り、鉄之介は病を養う、この日、長九郎、鳥取城下に同藩士安達清一郎を訪れ、ついで25日、鉄之介、また至る、27日二人帰府の途に就く。
 2 27 水戸藩士関鉄之介、同矢野長九郎、西国諸藩遊説を終えて、江戸に帰着し、この日、鉄之介、水戸に帰る。
この月 京都町奉行、郷士格奥田隼人(本名横須賀甚右衛門、常陸国茨城郡の人)、農峰十(常陸国行方郡の人)の吟味書を提出す。
 3  4 幕府、水戸藩士鵜飼幸吉、同太宰清右衛門妻せいらを糾問す。
16 これより先勅書返上に関し、水戸藩士民すこぶる激昂す、老中間部詮勝、東帰するに及び、疑いの念さらに高まる、この日、藩主徳川慶篤、家老肥田其太郎、側用人久木直次郎に、藩内鎮撫のことを諮問し、旨を在藩の家老に伝え、軽挙を戒しむ。
22 薩摩藩士高崎猪太郎、水戸に到り、しばしば水戸藩士高橋多一郎、同野村彜之介、同関鉄之介、同斎藤監物、同住谷寅之介、同会沢正志斎、豊田天功らと介し、ともに提携して国事に当たらんことを説く、水戸藩士、容易に応ぜず、ついで29日、猪太郎、帰藩の途に就く。
30 水戸藩、他所よりの間諜に注意すべきを達す。
 4 24 幕府、水戸藩に命じ、26日を以て家老安藤帯刀、藩士茅根伊予之介、同鮎沢伊大夫、同大竹儀兵衛、同柏一郎を評定所に出頭せしむ。
26 伊大夫、一郎の藩地にあるを以て、帯刀、伊予之介、儀兵衛を糾問し、帯刀を三田藩に預く。
27 水戸藩主徳川慶篤、家老安島帯刀らの幕府に糾問さるるに依り、諭書を家老らに下して藩士の動揺を戒め、藩士会沢正志斎、青山量太郎、豊田天功をして、士民鎮撫のことに当たらしむ。
この月 水戸藩有志、萩、仙台二藩と盟約を結ばんとはかる、事ついにならず。
 5  1 水戸藩主徳川慶篤、藩地動揺の報あるを以て、家老白井久胤、同中山与三左衛門に鎮撫のため下向を命ず、ついで、江戸藩邸の議一致せざるを以て、これをやめ、側用人久木直次郎、郡奉行金子孫次郎に命ずるも、またこれを停む。
 2 幕府、水戸藩士鮎沢伊大夫、伊勢国神明社祠官谷対馬及びその同居人武内近江らを糾問す。
 3 水戸藩士床井荘三、水戸藩領静神社祠官斎藤監物ら数十名、水戸を発して南上す、ついで5日、江戸藩邸徒目付長谷川作十郎、菊地富太郎を派して、その軽挙を戒む、衆聞かず、相次いで江戸小梅邸に入る。
 8 水戸藩矢野長九郎、同住谷寅之介ら、水戸を発して南上す、余衆の南上するもの、日夜相つぎ、同藩、鎮撫につとむ、衆、江戸小梅藩邸に入り、残衆小金駅付近に屯集す。
 9 幕府、水戸藩士鵜飼吉左衛門、同幸吉、同茅根伊予之介、儒者池内大学を糾問す。
16 幕府、水戸藩家老安島帯刀、同藩士茅根伊予之介、同鵜飼幸吉らを評定所に糾問し、伊予之介を交代寄合竹中重明に預く。
小金駅屯集の水戸藩士民、藩庁に上書し、速やかに出府して素志を貫徹せんことを請う。
18 幕府、水戸藩家老白井久胤、同中山与三左衛門を召し、同藩士民南上の顛末を尋問し、これが鎮定を命ず。
19 水戸藩士会沢正志斎、藩主徳川慶篤に上書し、客気の論に誤られ、軽率に勅書を回達するは、かえって藩を危うくする所以なるを述ぶ。
20 水戸藩主徳川慶篤、また斉昭公、各諭書を下し、郡奉行野村彜之介らを小金駅に、家老鳥居瀬兵衛、同興津蔵人を江戸小梅藩邸に遣わし、屯集の士民に退去を諭さしむ、士民、多く勅書回達を嘆願して止まず、更に下総八幡駅に屯するものあり。
22 幕府、重ねて水戸藩に命じ、小金駅屯集士民を退去せしむ、ついで24日、同藩家老興津蔵人、鎮撫に尽力せる情を上申す。
23 幕府、水戸藩家老安島帯刀、同藩士鵜飼幸吉、同茅根伊予之介、同鮎沢伊大夫を糾問す。
26 英駐日総領事オールコック、品川に来る。
28 幕府、六月以降、神奈川、長崎、函館三港において、露、仏、英、蘭、米、五国との自由貿易を許可する旨布告す。
 6  3 幕府、水戸藩家老安島帯刀、近衛家老女津崎矩子、農黒沢新助の妻登幾を糾問す。
13 幕府、水戸藩士鵜飼幸吉、儒者藤森恭助を糾問す。
水戸藩家老白井久胤、同中山与三左衛門、嘆願書を老中太田資始に致し、斉昭公の謹慎及び藩主慶篤の登城停止を免ぜられんことを陳情す。
15 水戸藩主徳川慶篤、五国条約の公布に依り、再び藩地士民の動揺せんことを憂い、若年寄大久保甚五左衛門らを遣わして妄動を戒む。
22 将軍家茂、側用人坪内保之を以て老中に諭し、水戸藩士民の動揺に対する処置を誤りなからしむ。
25 これより先、斉昭公、去年降下の勅書を回達し、幕政を正さんとし、これを側近にはかる、この日、その文案を藩主慶篤に示し、更に側用人久木直次郎らをして参画せしめ、あらかじめ臨機断行の準備を整えしむ。
26 水戸藩家老白井久胤、同中山与三左衛門、老中太田資始に謁し、重ねて藩情を述べ、速やかに藩主の登営停止及び前藩主斉昭公の謹慎を解かんことを嘆訴す。
29 朝廷ひそかに勅諚を水戸藩に下し、元梶井門跡坊官富小路任節をして、これを同藩に伝えしむ、任節、翌年八月、漸くこれを水戸藩家老大場景淑に渡す。
 7  9 斉昭公、諭書を家老らに下して、藩士民の軽挙妄動を戒む、藩士豊田天功、同会沢正志斎ら、しばしば書を上り、藩士高橋多一郎、同金子孫二郎らの行動を難じ、これを処置せずんば士民の鎮撫しがたき旨を述ぶ。
11 幕府、水戸藩に令して、下総国八幡宿屯集の同藩士民を鎮静せしむ。
14 水戸藩領内の祠官斎藤式部、鯉淵要人ら25人、高松藩主松平頼胤邸に至り、藩主徳川慶篤の登営停止、斉昭公の謹慎の解除に斡旋せんことを嘆願す。
16 水戸藩執政白井久胤、同興津蔵人、老中松平乗全を訪ね、八幡宿屯集士民鎮撫の状を述ぶ、ついで22日、久胤ら、再び乗全を訪ね、同宿屯集士民の退散せしを報ず。
29 幕府、重ねて水戸藩に達し、南上せる同藩士民を退去せしむべき旨を厳命す。
 8  3 水戸藩主徳川慶篤、諭書を江戸小梅邸に滞在の士民らに下して、帰藩せしむ。
16 水戸藩士高橋多一郎、同金子孫二郎、同野村彜之介、同関鉄之介、同木村権之衛門、薩摩藩士有村雄助、同高崎猪太郎ら、江戸墨田大七楼に会して、大老井伊直弼要撃の事を密議す。
18 輪王寺門主入道慈性親王、使僧円覚院を幕府に遣し、斉昭公らの処置を寛にせんことを請わしむ、
仙台藩主伊達慶邦参府の途次岩代国須賀川駅に至るや、水戸藩士民来りて、藩主徳川慶篤の謹慎宥免に尽力せんことを嘆訴す、翌日、下野国蘆野駅に至るやまた同じ。
27 幕府、一橋家主慶喜に隠居・慎を、水戸藩主徳川慶篤に差控を、斉昭公に国許永蟄居を、同藩附家老中山信宝に差控を命ず。
幕府、水戸藩士安島帯刀を切腹に、同茅根伊予之介、同鵜飼吉左衛門を死罪に、同鵜飼幸吉を獄門に、同鮎沢伊大夫、鷹司家諸大夫小林良典を遠島に、儒者池内大学を中追放に、近衛家老女津崎矩子を押込に処す。

幕府、会津、関宿、土浦、中津、小倉、福山、古河、笠間、宇都宮藩及び使番滝川主殿らに命じ、水戸藩士民の暴発に備えしむ。
28 幕府若年寄安藤信睦に水戸藩政取締を命ず。
この月 水戸藩士住谷寅之介、しばしば書を藩主徳川慶篤に上り、速やかに勅書を伝達すべきを建言す。
 9  1 斉昭公、江戸を発して水戸に帰る。
 3 水戸藩士関鉄之介、薩摩藩士高崎猪太郎江戸を発す、ついで17日、京都に至り、義挙の趣旨書を青蓮院門主入道尊融親王、前左大臣近衛忠熙に呈し、叡聞に達せん事を請う。
 8 若年寄安藤信睦、江戸小石川水戸藩邸に至りてその藩政を聞き、速やかに下総国八幡宿滞留の士民を退散せしむべき事を達す。
21 幕府、水戸藩に命じ、三日間を期して下総国小金駅に残留せる同藩士民を退散せしむ。
27 幕府、水戸藩附家老中山信宝の差控を免ず。
この月 水戸藩士会沢正志斎、同豊田天功、しばしば書を藩主徳川慶篤に上り、同藩士高橋多一郎、同金子孫二郎らの行動を難ず。
10  5 元水戸藩家老大場景淑、勅書を守護して水戸に帰り、これを祖廟に収む、さきに南上して江戸藩邸に残留せし番頭以下、多くこれに随って帰藩す。
 7 幕府、頼三樹三郎、橋本左内らを死罪に処す、その他、処罰されたる者多し。
 9 水戸藩、藩士民動揺の罪を責め、郡奉行金子孫二郎、同野村彜之介に逼塞を、奥右筆頭取高橋多一郎に遠慮を命じ、かつ速やかに帰藩せしむ。
11 幕府、前土佐藩主山内豊信に慎を命ず。
16 宸翰を関白九条尚忠に賜い、斉昭公らの処罰及び外交に関して諮詢す。
27 幕府、吉田松陰を死罪に処す、その他、処罰されたる者多し。
幕府、常陸宝寿院厄介農黒沢信助妻登幾を中追放に、土浦藩士大久保要を永押込に、水戸藩士大竹儀兵衛を押込に処す。

29 幕府、水戸藩士山国喜八郎、同海保帆平、同加藤木賞三を各永押込に、同三木源八、同荻信之介、同菊地為三郎を各押込100日に処す、水戸藩士佐野竹之介脱走す。
この月 水戸藩士住谷寅之介ら、しばしば書を藩主徳川慶篤に上り、勅書廻達、斉昭公の雪寃に尽力せん事を請い、若年寄安藤信睦の監政を拒絶せんことを建言す。
11 11 水戸藩、令して士民の猥りに出府するを禁ず。
12 水戸藩、藩士高橋多一郎、同金子孫二郎、同関鉄之介に蟄居を命じ、同野村彜之介、同矢野長九郎、同大胡聿蔵らを小普請組に左遷す、その他、処罰さるるもの多し。
14 幕府、元水戸藩士鮎沢伊大夫、元鷹司家諸大夫小林良典の配流を止め、伊大夫を佐伯藩に、良典を人吉藩に、各終身禁固に処す。
12  5 斉昭公夫人吉子、江戸を発して水戸に帰る。
16 幕府、若年寄安藤信睦を水戸藩主徳川慶篤に遣わし、勅書返納の朝旨を伝達せしむ。
幕府、水戸藩士茅根伊予之介の子熊太郎を遠島に、同鮎沢伊大夫の子力之助、大蔵を中追放に処す。
水戸藩主徳川慶篤、側用人横山甚左衛門、小姓頭取坂場熊吉を斉昭公に遣わし、幕府より勅書返納の朝命伝達ありたる旨を報ぜしむ、ついで19日甚左衛門ら、水戸に至りて使命を果たす。
17 水戸藩主徳川慶篤、若年寄安藤信睦を招き、前日の議に関して問う所あり、また鳥取藩主池田慶徳、浜田藩主松平武聡、前宍戸藩主松平頼位を召して、勅書返納の朝命に対する措置を審議す、家老白井久胤、同尾崎豊後同席す。
22 幕府、更に公書を以て勅書返納の勅命を水戸藩主徳川慶篤に達す。
23 水戸藩有志数百名、藩庁のひそかに勅書を江戸にのぼさん事を慮り、これを阻止せんがため、常陸国長岡駅に集合す。
29 水戸藩家老太田誠左衛門、同肥田大助、出府して若年寄安藤信睦の邸に至り、つぶさに藩情を告げて勅書返納の期を猶予せん事を求む。