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水戸から見た関連年表#12

慶喜公31歳慶応3年(1867)
慶応3年
 月  日  記  事
 1   9 明治天皇踐祚。
 23 将軍徳川慶喜、勅許を得て征長軍解兵を令す。
 27 孝明天皇御葬儀、将軍慶喜供奉。
 2   5 将軍慶喜、下阪、仏公使ロッシュを引見、幕政改革の意見を聞く、8日帰京。
 18 幕府、常野の暴徒鎮撫の際、幕吏に属して尽力せる前橋藩領の農民210余人の労を賞し、金を給す。(綱要)
 19 将軍慶喜、下阪、20日またロッシュを引見、21日帰京。
 3   5 将軍慶喜、朝廷に兵庫開港勅許を奏請す、許されず。
 20 幕府、武・総・常・野の忍、岩槻、土浦、川越、佐倉、高崎、古河、下館、大田原、宇都宮、関宿、壬生12藩に命じ、城詰御用米中より江戸に米総計4389石を廻送せしむ。(綱要)
 22 将軍慶喜、再び朝廷に兵庫開港を奏請す、尚許されず、この日、下阪。
 25 将軍慶喜、英国公使パ-クスを引見し、ついで仏・米・蘭の公使を引見す、この時、条約のごとく兵庫を開港すべき旨を声明す、4月3日帰京。
この月 将軍慶喜、西周を召して仏蘭西語を学ぶ、幾もなく政務多端によりて廃す。
 4  13 ロッシュ呈書して、日本の政体を各国に弁明すべき旨を建議す、将軍慶喜、国律を起草せしむ。
 18 将軍慶喜、二条摂政を訪ひ、朝廷が英公使敦賀旅行の件につき議奏広橋胤保など4人を退役せしめ、薩因備3藩に京都警備を命ぜしことを難詰し、翌日に至りて帰館す。
 26 在京の水戸藩家老鈴木縫殿ら、将軍徳川慶喜の兵庫開港奏請をいさめんと欲し、藩士岩間金平を岡山藩主池田茂政、鳥取藩主池田慶徳に遣して指揮を請う。この日、茂政、慶徳、相議し、書を縫殿に与えて、これを慰諭し、藩政回復に専心せしむ。(綱要)
 5   1 在京水戸藩士藤田大三郎ら80余人、岡山に赴き、岡山藩主池田茂政の出でて朝幕の間を斡旋し、兵庫開港を阻止せんことを請う。ついで、其党7人、更に岡山より鳥取に至り、藩主池田慶徳に謁し、同じく請う所あり、6月に至り、大三郎ら、帰京す。(綱要)
 23 将軍慶喜、参内、兵庫開港・長州藩処分寛大の勅許を奏請す、朝議、夜を徹し、24日に至りて許さる。
 24 幕府、朝廷に15万俵を増貢せんことを奏す。
 26 幕府、芸藩に命じ長州藩に諭して謝罪の嘆願書を提出せしめんとす、行われず。
 6  29 幕府、勘定奉行並関東在方掛河津祐邦に安房、上総、下総、常陸国支配を命じ、陣屋を下総国布佐村に設けしむ。(綱要)
 7  22 幕府、陸軍奉行並平岡庄七に水戸藩政改革用掛を命ず。(綱要)
 23 幕府、芸藩をして、長州藩に末家・及吉川経幹・並に家老一人上阪の命を伝えしむ。
 24 将軍慶喜、下阪。
 25 将軍慶喜、ロッシュを引見し、仏艦を訪問す。
 26 将軍慶喜、またロッシュを引見。
 27 将軍慶喜、パ-クスを引見す。
 28 将軍慶喜、帰京す。
 8  14 元水戸藩士原市之進、麾下士鈴木恒太郎、鈴木豊次郎、依田雄太郎のため、京都に於て殺害せらる。(綱要)
 28 ロッシュ、将軍慶喜に政治改革意見書を呈す。
この月 幕府、武蔵国荏原郡駒場野一帯を上知して、撒兵伝習調練場としたため、農民騒擾起る。
 9   9 幕府、令で、関八州における酒造貸株を停止し、其他各地に於る醸造高を三分一に減石せしむ。(綱要)
 19 幕府、在京水戸藩家老大場景淑らに命じ、本国寺詰諸藩士をして九門の内外を巡邏せしむ。(綱要)
木戸孝允など山口にて大久保利通と攻守同盟を約す。(慶喜公伝)
 20 芸州藩士植田乙次郎、山口を訪れ、長芸出兵盟約を結ぶ。
 21 将軍慶喜、内大臣に任ぜらる、右近衛大将もとのごとし、この月、二条城に移る。
10   2 これより先、和歌山藩主徳川茂承、水戸藩主徳川慶篤の謹慎を解かんことを幕府に請う。この日、茂承の老臣三井備後守、老中稲葉正邦に謁し、重ねてこれを請う。(綱要)
  3 土佐藩主山内豊信、将軍慶喜に政権奉還の建議書を呈出す。
 13 将軍慶喜、在京の諸藩主、重臣を二条城に召し、老中をして政権奉還の決定を告げ、意見を徴し、了りて小松帯刀、後藤象二郎など6人を引見す。
前右近衛権中将岩倉具視、薩摩藩主父子あての討幕の密勅を大久保利通に、萩藩主父子官位復旧の宣旨を広沢真臣に手交す。

 14 高家大沢基寿、将軍徳川慶喜の命により、大政奉還上表を朝廷に提出す。
 15 朝廷、大政奉還を許す。
 17 将軍徳川慶喜、朝召を蒙れる諸大名の上京まで、在京の諸大名及び藩士を召し、衆議を尽くさんことを建議す。
 20 将軍徳川慶喜、参内、御委任の権限につき八箇条の伺書を提出す。
幕府、関東諸国の御用金献納者に献納高と同額の金札を交付し、その通用を布告す。
 23 名古屋、和歌山、水戸、福井、熊本、佐賀、福岡、鳥取、徳島、津、彦根、仙台、其他徳川氏一門・譜代諸藩の重臣、京都円山に会し、外交措置に関する朝裁に就き協議す。(綱要)
 24 徳川慶喜、朝廷に将軍職の辞表を呈出す。
幕府、老中格兼陸軍総裁大給乗謨、老中格兼梅軍総裁稲葉正己、若年寄兼会計奉行永井尚服、若年寄兼陸軍奉行下館藩主石川総管らに上東を命ず。(綱要)
この月 ええじゃないか、東海道、江戸、京畿などの地方にひろがり、庶民鳴物入りで街中を騒ぎ回る。
大阪城代笠間藩主牧野貞明、福知山藩に令して、其警守に係る安治川、尻無用等、諸川通行船舶の警戒を厳にせしむ。(綱要)
11  14 坂本竜馬、中岡慎太郎、京都に斬らる。
 26 幕府、老中稲葉正邦に、水戸藩用掛を命ぜんとす、この日、正邦、書を上りてこれを辞す。(綱要)
在京会津藩士、水戸、岡山、島原、盛岡、浜田、仙台の諸藩士と会し、時事を議す。(綱要)
 27 水戸藩家老大場景淑、同藩士野村彜之助、同長谷川作十郎、将軍徳川慶喜に謁し、藩惜を訴う。(綱要)
 29 幕府、関八州に対し、免許鑑札更新のため、醤油、味噌、酢、酒類の造石高、売捌石数などの取調を命ず。
 30 大阪城代笠間藩主牧野貞明、萩藩兵摂津国下市村に陣するの報を聞き、大阪警守諸藩に内命して兵を備えしむ、ついで、これを止む。(綱婁)
12   3 朝廷、将軍徳川慶喜に命じて、水戸藩主徳川慶篤の上京を促さしむ。(綱要)
  6 幕府、鳥取藩支藩主池田徳澄の朝覲するを以て、其鍛冶橋門警守をやめ、谷田部藩主細川興貫を以てこれに代う、輿貫の呉服橋門内非常警備をやむ。(綱要)
  9 朝廷、王政復古の大号令を出し、徳川慶喜に辞官、納地を命ず。
浪士竹内啓、同元水戸藩士会沢元輔ら、官軍先鋒薩州糾合方隊と称し、下野国流山に拠り、附近に檄して同志を募る、この日、足利、武蔵、金沢藩等、その状を旧幕府に報ず。(綱要)
 10 尾張慶勝、松平慶永、二条城に至り、将軍辞職の勅許、及び辞官納地の勅諚を伝宣す。
 12 朝廷、水戸藩家老大場一真斎らに二条城の留守を命じ、かつ若年寄格永井尚志をして留りて物情を鎮定せしむ。(綱要)
 16 徳川慶喜、英・仏・米・蘭・伊・孛 6 国公使を引見す。
 18 旧幕府、刈谷藩主土井利教の竹橋門、西端藩主本多思鵬の半蔵門口、浅見藩主蒔田広孝の清水門口、一宮藩主加納久宜の上野山内の各警守を免じ、結城藩主水野勝知に半蔵門口警守を命じ、溜池附近非常出兵及び藩邸旁近の巡邏をやめ、下妻藩主井上正己に清水門口の警守を命ず。(綱要)
谷田部藩主細川興貫、病を以て上京延期を請う、朝廷、24日、これを許す。(綱要)
 24 元将軍徳川慶喜、書を水戸藩主徳川慶篤に与えて、其謹慎をとき、関東地方に蜂起せる草賊を討伐せしむ。(綱要)
 25 旧幕府、忍、壬生等19藩の請を許し、元治元年の常陸、下野騒乱の降人の御預をとき、かつ降人らをして速に上阪せしむ。(綱要)
庄内藩兵など、江戸三田の薩摩邸を焼打す。
 26 松平慶永等、大阪城に至り、辞官納地につき勅諚を伝宣す。
旧幕府、江戸五宿に関門を置き、過書を以て出入せしめ、板橋宿を守山藩主松平頼升、常陸府中藩主松平頼策に警守せしむ。(綱要)
 29 旧幕府、勘定奉行並岡田安養をして下総国布佐村陣屋に在陣して、安房、上総、下総、常陸の旧幕領を管せしむ。(綱要)
 30 旧幕府、岩槻藩主大岡忠貫に其領武蔵国埼玉郡及び上野国那波郡の内443石余を、下妻藩主井上正己に其領武蔵国埼玉郡の内401石余を上知るせしむるを以て、代地として忠貫に下総国香取葛飾二郡の内591石余を、正己に常陸国真壁郡内及び下野国都賀郡の内491石余を給す。(綱要)