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水戸から見た関連年表#11

慶喜公30歳慶応2年(1866)
慶応2年
 月  日  記  事
 1   4 禁裏守衛総督徳川慶喜、京都守護職松平容保、水戸落主徳川慶篤弟松平昭武ら参内、正を賀す。(綱要)
  6 京都守護職松平容保、書を岡山藩主池田茂政に復し、水戸藩の内訌に関して憂慮する情を述べ、なお、周旋すべき旨を答う。(綱要)
 16 前掛川藩主太田資始、老中水野忠精を訪い、水戸藩主徳川慶篤の謹慎解除を入説し、帰途、慶篤を訪ねてこれを告ぐ、水戸藩士中に資始の心事を疑う者あり、資始、怒て情を幕府に訴う。(綱要)
 21 萩藩士木戸孝允ら、坂本竜馬の斡旋により薩摩藩士西郷隆盛らと京都に会し、薩長提携して王政を復活せんことを密約す。
 22 禁裏守衛総督徳川慶喜、参内、長州藩処分案を奏し、勅允を蒙る。
 2   1 前名古屋藩主徳川茂栄、書を水戸藩主徳川慶篤に寄せ、同藩士の慶篤のために解慎の運動をなせるに忠告する所あり、この日、慶篤、書を復して其厚意を謝す。(綱要)
  6 元水戸藩士照沼桓太郎、古河藩付預中に病死す。(綱要)
 28 水戸藩主徳川慶篤、書を老中板倉勝静、同井上正直らに復し、前年二月以降、藩士を厳科に処したることなきを答え、以後、幕府の承認を待ちて処刑すべき旨を述ぶ。(綱要)
 3   8 水戸藩主徳川慶篤、親書を在藩家老に与え、其謹慎解除のために諸生らの集会、出府するを戒め、意見ある者はこれを録上せしむ。(綱要)
 5   1 幕府、小笠原長行を遣わし、長州支藩・家老を広島に召し、長州藩の所領10万石を削り、毛利敬親父子に蟄居を命ず。
 13 老中水野忠精、江戸で英、米、蘭との改税約書に調印す。
 15 幕府、さきに敦賀に於て遠島を申渡せる元水戸藩士百余名を許し、これを小浜藩に御預と為す。(綱要)
 26 鯖江藩、藩邸狭隘かつ宇治警守等に服するを以て、前宍戸藩主松平頼位の御預を辞せんことを幕府に請う。(綱要)
 28 米価暴騰により、江戸で窮民暴動、騒擾数日におよぶ。
 6   2 忍藩主松平忠誠、秋季京都宿衛を命ぜられたるを以て、常野降人の御預をやめんことを幕府に請う。(綱要)
  7 第二次征長の役の、戦闘始まる。
この日、禁裏守衛総督徳川慶喜、参内、長州藩裁許に服さざるを以て征討する旨を奏す。勅して速やかに追討の功を奏せしむ。
 13 朝廷、水戸藩附家老中山信徴に上京を命ず、ついて゛21日、幕府、水戸藩に命じて、信徴の差控を許し、速に上阪せしむ。(綱要)
 14 幕府、米価騰貴に伴い、諸園の酒造高を三分二(八州は四分三)とすることを命ず。
 21 輪王寺門主入道慈性親王、書を水戸藩主徳川慶篤に与えて、幽囚せる藩士民を、寛典に処すべきを勧告す。(綱要)
この月 幕府、米価騰貴による京都の在米不足のため、諸藩に命じ、大阪からの廻米を令す。
 7  10 幕府、高松藩付預の宍戸藩士16名を石岡藩に、同じく15名を守山藩に預替と為す。(綱要)
 15 水戸藩附家老中山信徴、江戸を発し、西上の途に就く。(綱要)
 16 禁裏守衛総督徳川慶喜、下阪、19日帰京、22日下阪、24日帰郷。
 18 水戸藩、城下往来に、無燈通行を戒む旨を達す。(郡庁令達)
 20 将軍家茂、大阪城中に死す、喪を秘す。
 21 薩摩藩主鼻津忠義及び父久光、一揆・打こわし激発に言及し、政体変革と停戦の建言書を関白に提出。
 27 伊予松山藩、神奈川台場並に陣屋を古河藩に引渡しを終る。(綱要)
 28 将軍の名を以て、病危篤に及ばば徳川慶喜に相続せしめ、かつ名代として長州に出陣せしめんことを奏す、29日勅許せらる、晦日徳川慶喜これを奉承す。
この日、徳川慶喜、禁裏守衛総督・摂海防御指揮を辞す、8月7日勅許せらる。
この月 幕府、佃嶋在獄の水戸藩降人を本藩に引渡す。(綱要)
 8   1 関白二条斉敬、水戸藩附家老中山信徴を召し、同藩の内政を整え、尊攘の大義に尽すべきを諭示す。ついで6日、信徴大阪に至り、13日、老中稲葉正邦に謁し、其事を議し、14日、帰京す。(綱要)
  3 飯野藩、幕府の命に依り、保監中の常野降人柴田定之丞ら二人を評定所に交付す。(綱要)
  8 幕府、老中板倉勝静、若年寄大河内正質、同本多思紀らに命じ、将軍名代徳川慶喜進征に随従せしむ、ついで、名吉屋、水戸、加賀金沢、鹿児島等十余藩の重臣にまたこれを命ず。(綱要)
徳川慶喜、長州出陣につき御暇参内、11日俄に明日の出陣を止める。
 15 老中板倉勝静ら、水戸藩附家老中山信徴を召し、同藩藩政改革の朝命を達し、其施行に関する腹案を示して意見を問う、信徴、幕威によりて貫徹すべきを答う。ついで18日、其方法を協議し、9月6日、帰府す。(綱要)
 16 徳川慶喜、書を朝廷に奉り、兵を解き、諸大名を召集して爾後の方略を議せんことを奏請す。朝廷、これを許し、21日休戦の勅命を下さる。
 19 朝廷、徳川慶喜に対し、前将軍同様厚く御依頼遊ばさるるにつき、政務従前の通り取り扱ふべき旨の朝命を蒙る。所司代松平定敬、書を武家伝奏に呈し、水戸藩主徳川慶篤、謹慎既に三年に及び、家政の整理緒に就くを以て、其謹慎を解かんことを請い、朝旨を伺う、9月3日、朝廷これを許さず、なお後命を待たしむ。(綱要)
水戸藩若年寄芦川市兵衛、交代として諸生党31人を出府せしむ。(綱要)
 20 将軍家茂薨去を発喪。
徳川慶喜(一橋)、宗家を相続す、この日、下阪、城代屋敷に入る。
 9   2 徳川慶喜、施政の大方針8条を記して老中に授く。
  7 朝廷、諸大名召集の勅を下し決議の次第は徳川慶喜を以て奏聞せしめらる。
 12 老中稲葉正邦、同松井康直、書を武家伝奏に致し、水戸藩主徳川慶篤の解慎を再請す。(綱要)
 19 幕府、大目付駒井朝温を水戸藩邸に遣し、老中井上正直、若年寄遠山友禄、同増山正修らをして、同藩の藩政改革の事に任ぜしむべき旨を達す。(綱要)
鳥取藩主池田慶徳、水戸藩京都邸吏長谷川作十郎を鳥取に召致し、水戸藩の内情を聞く(綱要)
 26 朝廷、徳川慶喜の除服出仕の宣下を下さる。
幕府、安房、上総、下総、常陸等各地の領主及び寺社等に、関東郡代河津祐邦巡視の事を達す。(綱要)
10   6 水戸藩士長谷川作十郎、鳥取、岡山両藩の使事を終え、帰京す。(綱要)
 10 幕府、水戸藩附家老中山信徴を召し、水戸藩政改革のため、目付岩田通徳、同堀錠之助を同藩に遺し、執政鈴木石見らを斥けしめんとするの内意を伝う、翌日、石見、江戸を発し水戸に帰らんとす。
信徴、藩主の意を受け、石見に諭し、退職を請わしむ。(綱要)
 12 幕府、諸国凶作のため、外国米の輸入販売を許可す。
 14 水戸藩士遠山熊之介、書を同藩附家老中山信徴に呈し、同藩藩政改革の人材登用の、過激に失せざらんことを請う。ついで6日、同内藤弥太夫、書を家老に致し、前藩主夫人吉子の助を得て、徳川家主徳川慶喜と藩主徳川慶篤との間を調停し、朝幕の両藩に対する感情を緩和せんことを建言す。(綱要)
 16 徳川慶喜、除服後はじめて参内。
 18 幕府、水戸藩士のほしいままに江戸に往復するを禁じ、中川、市川、松戸、千住、関宿等の関門通行の者は、必ず目付の印鑑を提示せしむ。(綱要)
老中井上正直、若年寄遠山友禄、大目付戸川安愛、目付岩田通徳ら、江戸小石川水戸藩邸に至り、藩主徳川慶篤に謁し、藩政改革の事を議す。執政鈴木石見以下在邸の諸生、ことごとく登殿してこれを拒み、幕吏を威嚇す。(綱要)
 21 目付堀錠之助、水戸に至り、弘道館に宿す。水戸藩、目付派遣の報を聞き、遠山熊之介、内藤弥太夫らを挙用し、藩政改革の実を示さんとす、たまたま江戸邸の情報達するや、諸生、紛擾、却て幕吏を論詰せんとするに至る。(綱要)
 29 水戸藩、家老朝比奈弥太郎の職を免し、藩地に謹慎を命ず。(綱要)
11   7 幕府、令して徳川家主徳川慶喜の生父徳川斉昭の祥忌26日を以て、毎月殿中精進日と為す。(綱要)
 14 幕府、目付榎本亨造を水戸藩主徳川慶篤に遣し、弟松平昭武を使節と為して仏国に派遣し、かつ五箇年同国に留学せしめ、其会津藩主松平容保の養子たる約は次弟喜徳に代え、前名古屋藩主徳川茂栄をして、一橋家を相続せしむべきの内旨を達す。(綱要)
 15 水戸藩家老鈴木石見ら、藩士内藤弥太夫を江戸藩邸に拘禁す。後、これを水戸に護送し、官邸に禁錮す。ついで18日、同菊地剛蔵を水戸に捕え、次日、また同遠山熊之介、同石河幹二郎らを禁錮す。(綱要)
 18 水戸藩諸生ら、幕府の藩政改革に反抗し、水戸常磐山東照宮境内に集り、ついで20日、檄文を郡村に配布し、同志を糾合す。(綱要)
 20 目付堀錠之助、水戸より帰府す、家老中出信徴ら、江戸に在り、浚巡して帰藩せず、諸生蜂起し、藩政改革の断行の目途立たざるを以てなり。(綱要)
 21 水戸藩士塙清之允ら、脱走す。以後、藩を脱する者数十人に及ぶ。(綱要)
 28 幕府、水戸藩主徳川慶篤弟松平昭武を仏国に派遺し、明年巴里に開催の万国博覧会に参列せしむ命をだす。
12月9日昭武に清水家を継がしめ、明年正月11日横浜を発す。(綱要)
12   1 朝廷、水戸藩主徳川慶篤弟松平昭武の京都警衛の功を賞し、従四位下に叙し、左近衛権少将に任ず。(綱要)
幕府、水戸藩主徳川慶篤弟松平昭則を以て、会津藩主松平容保の養子と為す。(綱要)
  3 幕府、水戸藩主徳川慶篤弟松平昭武に内命し、清水家をつがしめ、かつしばらく徳川家主徳川慶喜の営内に住せしむ、この日、昭武、これに移る。(綱要)
  5 徳川慶喜、正二位・大納言・征夷大将軍・右近衛大将に任ぜらる。
 14 鳥取藩主池田慶徳、書を幕府に致し、病を以て上京の猶予を請う。なお洋服戎装等を採用するの不可を述べ、水戸藩主弟松平昭武を仏国に派遣するの不可を述ぶ。(綱要)
 17 水戸藩、藩士の3ケ年間減禄を命ずる旨を達す。(郡庁令達)
 25 孝明天皇崩御。
 28 幕府、水戸藩主徳川慶篤弟松平昭武をして清水家を継がしむ。(綱要)
陸前、陸中、羽前、岩代、上野、下野、武蔵、越後、信濃、越前、飛騨、三河、近江、伊勢、摂津、但馬、和泉、美作、石見、紀伊、播磨、伊予、豊前、豊後等で、米価騰貴、凶作、課役苛重、村役人非違などのため、一揆・打ちこわしおこる。
水戸藩士藤田東潮著「常陸帯」刊行さる。(水戸学徒列伝)
水戸藩士青山延寿著「読史雑味」刊行さる。(水戸の文籍)
 29 孝明天皇崩御発喪。
この月 英・仏・米・蘭4 国の公使に上阪を求む。