part3
大河ドラマ、 ア・ ラ・ カ ル ト
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昨日は乍例失敬而已相働、多罪奉萬謝候。小拙不快は逐々宜方に御座候間、乍憚御休情可被下候。偖橋公御行状記略認出来候間、貴介へ附託仕候。餘は明夕迄に呈上可申候。左様御含置被下候様希度候。早々拝復。
臘月十四日 橋本左内
西郷吉兵衛様
---文中の「橋公御行状記略」というのは、松平春嶽公から老中松平伊賀守に送った一橋慶喜公の行状記を指している)言わば将軍の後継者として、これこれのふさわしい性格の・行状の方である、という推挙状のようなもの---
松平春嶽公は越前の藩主であり、左内は命によって、これを平岡圓四郎に認めさせそれに筆を加えて提出したのである。此事を聞いた西郷が、それを見せてほしいと依頼した返書である。
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なお、宮内庁に現存するものは、明治天皇の御即位のとき、高御座の階下すぐの、正面中央庭上に置かれた。これは、中古以来行われて来た唐制風の庭上に香炉を置いて告天の焼香を行われていたのを廃止し、即位式の中で最も重要な調度としたのであった。
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A(万次郎)、日本の銀にて2000貫、銅は少なく鉄が多い。鉄の鋳造は甚だ難しく、 日本では困難、買い上げの方が易しい。軍艦の売り船は無いが、一艘ぐらいはあるであろう。オランダへ申し込めば船大工が来るであろうから、古船買い上げよりも便利であろう。
Q、アメリカの医術はどのようであるか。
A、アメリカの医術というのではなく、イギリス、フランスの医術を通用させている。
Q、共和政治の主は城郭の内におるのかどうか。
A、城郭はなく、住居は日本の豪富農商の住宅と同様町並みに住んでいる。共和政治の主は4ヶ年目に代わり、人望あれば8年も勤められる。
これについて斉昭公の感想
「36州の主、4年毎に代わることは睦まじいようであるが、その元は利欲より出ていることである。今は開国初めのことであるから戦争などにより英雄の王が出て強いが、戦争ができなくなることは目に見えていることであり、そのときは、利益本位の王では問題となろう。」
Q、4年毎に代わる場合に、辞めた主はどうしているか。
A、一般と同じ庶民となる。
Q、庶民と同じになりては、今日の生活にも差し支えがあろう。
A、主となった時に金銀財宝おびただしく蓄えおくため何ら差し支えがない。

