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大河ドラマ
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  • 桜田門外の変



安政6年
8月 16日 水戸藩士高橋多一郎、同金子孫二郎、同野村彜之介、同関鉄之介、同木村権之衛門、薩摩藩士有村雄助、同高崎猪太郎ら、江戸墨田大七楼に会して、大老井伊直弼要撃の事を密議す。
万延元年
3月  1日 元水戸藩士金子孫二郎、同木村権之衛門、同斎藤監物、同稲田重蔵、同佐藤鉄三郎、同関鉄之介、薩摩藩士有村雄助、ひそかに江戸山崎楼に会し、大老井伊直弼要撃の日時及び部署を定む。
 2日 浪士関鉄之介、同斎藤監物、同木村権之衛門、野村彜之介、同佐野竹之介、同広岡子之次郎、同稲田重蔵、同森山繁之介、同鯉淵要人、同蓮田市五郎、同黒沢忠三郎、山口辰之介、同岡部三十郎、同海後嗟磯之介、同森五六郎、同大関和七郎、杉山弥一郎、広木松之介、佐藤鉄三郎、江戸品川相模屋に会し、決別の宴を張る。
 3日 浪士関鉄之介、同稲田重蔵、同山口辰之介、同鯉淵要人、同広岡子之次郎、、同黒沢忠三郎、同佐野竹之介、同斎藤監物、同蓮田市五郎、同森山繁之介、同大関和七郎、同海後嗟磯之介、同杉山弥一郎、同岡部三十郎、同広木松之介、同増子金八、同有村次左衛門(元薩摩藩士)江戸愛宕山に会す、辰刻、鉄之介ら、桜田門外において大老井伊直弼登営の行列を襲い、ついにその首級を挙ぐ。(桜田門外の変)
重蔵は闘死し、辰之介、要人は八代州河岸に、次左衛門、子之次郎は辰の口に至りて各自刃す、忠三郎、市五郎、監物、竹之介は老中脇坂安宅邸に、和七郎、五六郎、弥一郎、繁之介は熊本藩邸に各自首す、鉄之介、三十郎、松之介、嗟磯之介、金八は遁れて所在に潜伏す。薩摩藩士有村雄助、その弟次左衛門、水戸藩浪士とともに事を挙げんとし、書を江戸藩邸に遺して亡命す。
浪士佐野竹之介、同黒沢忠三郎、同山口辰之介、同大関和七郎、同森五六郎、同広岡子之次郎、同稲田重蔵、同関鉄之介、同広木松之介、同森山繁之介、同海後嗟磯之介、同鯉淵要人、同杉山弥一郎、同蓮田市五郎、同斎藤監督物、水戸藩に上書して除籍を請う。幕府、町奉行、勘定奉行、目付に命じて、水戸藩邸を監視せしめ、また会津、庄内、桑名、小田原、土浦、関宿、古河、笠間、宇都宮諸藩に令して、水戸藩士民大挙上府の際に備えしむ。
幕府、彦根、尾張、紀伊、水戸、及び高松藩に命じ、努めてその藩邸内の動揺を鎮静し、かつ府内諸屋敷内外を警戒せしむ、また幕府、浪士大関和七郎、同森五郎、同杉山弥一郎、同森山繁之介、同黒沢忠三郎、同蓮田市五郎、同斎藤監物、同佐野竹之介を熊本藩に御預となす、竹之介重症を以て脇坂邸に死す。
水戸藩、桜田事変に加わりし者の処分を幕府に請う。
水戸藩主徳川慶篤、諭書を家老に下して藩士の無断上府を厳禁す、在府家老尾崎豊後ら、桜田事変を藩地に報じ、江戸藩邸警備のため、藩士の派遣を求め、かつ無断上府の厳禁を求む。
浪士金子孫二郎、同佐藤鉄三郎、同有村雄助、同志の大老井伊直弼襲撃の目的を達したるを確かめ、直ちに江戸を脱し、京都に向かう。